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浦和家庭裁判所 昭和52年(少)276号 決定 1977年5月20日

少年 N・R(昭三六・八・二生)

主文

少年に対し強制的措置をとることを許可しない。

少年を浦和保護観察所の保護観察に付する。

理由

一  非行事実

少年は、

1  A(当時一三歳)、B(当時一三歳)と共謀のうえ、昭和五一年九月七日午前一時三五分頃、埼玉県桶川市○○×丁目×番××号物品販売業○藤○枝(当時五三歳)方店舗北側軒下に設置してある自動販売機内から同人所有の現金四五〇〇円位を窃取した。

2  A、Bと共謀のうえ、同日午前一時五〇分頃、同市○○×丁目××番××号年乳販売業○藤○勝(当時五二歳)方店舗南側庭先に設置してある自動販売機内から同人所有の現金三〇〇〇円位を窃取した

3  Aと共謀のうえ、同日午前二時頃、同市○×丁目××番××号飲食店○○苑前において、同店経営者○室○太○(当時五七歳)所有の自転車一台(時価五〇〇〇円相当)を窃取した

4  C(当時一四歳)と共謀のうえ、

(一)  昭和五一年一一月一三日午後一一時三〇分頃、埼玉県浦和市○○○○××××番地○○○○株式会社駐車場内に駐車してあつた○々○進所有の普通乗用自動車内を金品を窃取する目的で物色したが、金品を発見することができず金品窃取の目的を遂げることができなかつた。

(二)  同日午後一一時四〇分頃、同市大字○○××××番地○橋○方車庫内に駐車してあつた同人所有の普通乗用自動車及び普通貨物自動車の車内を金品窃取の目的で物色したが、金品を発見することができず金品窃取の目的を遂げることができなかつた

(三)  同日午後一一時五〇分頃、同市○○○○○○××××番地○子○雪方車庫内に駐車中の原動機付自転車の工具箱内から同人所有のドライバー一本(時価一〇〇円相当)、並びに普通乗用自動車内から同人所有の財布一個(時価三〇〇〇円相当)及び在中の現金三万円を窃取した

(四)  同月一四日午前零時頃、同市○○○×××番地×○水○方車庫内に駐車してあつた同人所有の普通乗用自動車内から金品を窃取する目的でドアを開けようとしたところ、家人に気付かれたため逃走し、金品窃取の目的を遂げることができなかつた

ものである。

二  適用法令

1ないし3、4(三)の各非行事実はいずれも窃盗につき刑法二三五条、六〇条。

4の(一)、(二)、(四)の各非行事実はいずれも窃盗未遂につき刑法二四三条、二三五条、六〇条。

三  処遇の理由

1  本件は、少年が従前在所していた教護院埼玉学園及び現在在所している同武蔵野学院を無断外出した際に行つた窃盗、同未遂の保護事件と埼玉県川越児童相談所長からの強制的措置の許可申請事件とである。

強制的措置許可申請の理由は、「少年は武蔵野学院に入院以来約七ヵ月を経過するが、この間五回の無断外出、その際の窃盗の反覆、在院している他児への暴力行為などがあり、しかも職員に注意されても反抗的態度に出るため、今後も無断外出、窃盗などを繰り返す可能性が強い。したがつて、強制的措置が必要である。」というにある。

2  そこで、本件記録及び審判の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  少年は、昭和三六年八月、埼玉県○○市において、当時同市内にある米軍基地でタイピストをしていた母と同女の親戚の夫で当時右基地に勤務していた黒人米兵である父との間に生まれた。少年と母は父宅において父の家族(妻と子供たち)と共に居住していたが、昭和四一年九月父が沖縄へ転勤し、それに伴い父とその家族が沖縄へ転居したため、二人だけの生活となつた。

(二)  母はバーのホステスをしながら少年を養育してきたが、少年が昼間は混血児で肌の色が黒いことから他児に遊んでもらえないし、時々いじめられたりするため家に閉じこもることが多く、また夜は母が勤めに出かけ少年の監護に当る者がいなかつたため、昭和四二年三月少年は神奈川県大磯にある○○○○○ホームに預けられた

(三)  少年は、○○○○○ホームに在所しながら、昭和四九年三月○○学園小学校を卒業し、同年四月同学園中学校に入学したが、昭和五〇年夏頃から○○○○○ホームにおいて反抗的であることなどから問題視されるようになり、しかも同ホームには男性の指導員がいなかつたため、昭和五一年四月埼玉県上尾市にある教護院埼玉学園に変更入所した。

(四)  少年は、埼玉学園においては六回無断外出し、その都度窃盗を繰り返したため、昭和五一年九月埼玉県浦和市にある教護院武蔵野学院に変更入所した。しかし武蔵野学院においても、昭和五二年四月までの間に五回無断外出し、その都度窃盗を繰り返し、また在院している他児に対して暴力を振るうなどの問題行動があつた。

(五)  少年は、自己防衛的態度が強く、内面に触れられることを極力避けようとし、また他人が自分をどのように見ているかを気にし、警戒心が強いため、対人関係に円滑さがない。またとかく他人から特別視されたり不利益を受けるなどと被害感を抱きやすく、自己弁護したり、嘘をついたり、他人を攻撃することによつて自分を守ろうとする傾向が強い。

(六)  母は、その後再婚し、二人の子供を儲け、現在埼玉県入間市において焼鳥屋を経営している。母は今まで少年を引取つて養育するということにはあまり積極的でなかつたが、今回は少年を引取つて監護することを強く希望し、少年も母と一緒に暮らすことを望んでいる。

以上の諸事情を考慮して少年の処遇を検討すると、なるほど埼玉学園及び武蔵野学院における無断外出、窃盗の反覆などからすると、武蔵野学院の一般寮において少年の更生を図ることが困難であることは明らかであるので、強制措置の申請を許可すること、あるいは少年院に送致するという処遇が考えられる。

しかしながら他方、少年は前記のような不遇な境遇に育つたため前記のような性格の偏りが形成され、このため施設内において他の少年や職員となじまず、施設に収容されていることに反発して無断外出を繰り返し、その都度窃盗を行つたものと考えられ、したがつて少年が更生するために最も必要な処置は少年が自己の置かれている極めて厳しい状況を直視し、これを乗り越えていくことができるように指導し援助することであると考えられるところ、強制措置申請の許可あるいは少年院送致という現在よりも厳しい処遇をすれば、かえつてその処遇に反発して矯正教育の効果をあげることができないばかりか、前記の性格の偏りを固定させ、社会や人間に対する拭い去りがたい不信感を植えつけさせる結果にもなりかねないこと、少年は五歳のときに施設に収容され、以来今日まで一〇年余り施設生活を続けており、長期間施設生活を続けることによつて生ずる問題を考えると、適当な機会があれば早期に社会に復帰させることが望ましいこと、幸い今回は従来少年を引取つて育てることに積極的でなかつた母が少年の引取りを強く希望し、少年を社会に復帰させるまたとない機会であること、少年を母に引取らせることについては母の監護能力や少年の置かれている極めて厳しい状況などを考慮すると、様々な不安、危険が予想されるが、それ以上に少年の不遇な生い立ち、殊に母親の愛情にほとんど触れることなく育つたことを考えると、少年を母の許で生活させ更生の機会を与えることが望ましいことを考慮すると、強制的措置申請を許可したり、あるいは少年院に送致するという処遇をすることは相当でなく、少年を実母に引取らせ、加えて専門家による指導と保護をすることが相当である。

よつて、少年に対し強制的措置をとることを許可せず、少年を保護観察に付することとし、少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 今井理基夫)

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